日本生物學會誌

日本植物学会・日本動物学会が出来たのは、1882年だと伝える。ところで日本生物学会は1977年に発足して、『日本生物学会誌』を発行し始めた。各地に支部もあって、広島県のある観光地には「日本生物学会中国支部」という看板が架かり、中国の客から抗議を申し入れられたこともあると、これは後に聞いた。
私が京都大学理学部3回生になって、動物学教室に分属したとき、1年上の学生は奥野良之介さん・水原洋城さんの2人だけだった。その一つ上は「秀才の学年」と呼ばれ、後年ノーベル賞候補になった人も数人いたが、私の属した学年は「凡才の学年」と言われ、そして、その中間のこの学年は「漫才の学年」と呼ばれていたものである。この2人はともに翌年、大学院生として動物生態学研究室に入って、ここでも私の1年上だった。その後、奥野さんは神戸市立須磨水族館を経て金沢大学理学部へ、水原さんは日本モンキーセンターを経て東京農工大学農学部へ移ったが、この奥野さんが、この日本生物学会の会長である。
日本生物学会が出来た1977年には、1960年代後半に世界各地で起こった大学闘争も、学生が主体のものはもはや下火になっていたが、京大では、いささかの<改革>の動きも含めた動きはまだあって、大学問題検討委員会などは残っていたし、動物学教室での教官と大学院生の<断交>も、細々と続いていた。他方、会議や調査で私がヨーロッパやアフリカへ行くのも、ちょうどこの年から始まった。そうそう、公害問題を扱う全学リレー講義はその前から始まっていて、私もそれに参加したが、講義の最中に学生から、「公害は講義するようなものではない。現場へ行くべきだ」と大声で抗議され、「その通り、現場の記録をレポートにするのがいちばん」と答えた覚えがある。ちなみにその学生とは、今でもずっと付き合いがある。
奥野さんの論文の中には、その後単行本になったものもいくつかあり、『磯魚の生態』(創元新書 1971)や『金沢城のヒキガエル』(どうぶつ社 1995)はとくにおもしろく、今も買い求めることができる。ついでに言えば、後者は最初『日本生態学会誌』に数回にわたって載せた論文を書き直したものだが、その脚注などに、「費用の一部には文部省科学研究費補助金を使用した」などと付記するのが普通だった当時、彼はずっと「文部省科学研究費補助金などは受けていない」と書いて、いささか物議を醸したこともあった。そうだ、世の中に<反戦青年委員会>などというのはあるが、<反戦中年委員会>のないのはおかしいから、われわれで作ろうかなどと話したこともあったっけ・・。
琵琶湖博物館の蔵書のデジタル=ウエブ化を進めて下さっている大塚泰介さんから、何か書くようにと要請があったので、仍って件の如し。
琵琶湖博物館名誉館長
京都大学名誉教授 元日本生物学会不名誉会員
川那部 浩哉
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日本生物學會誌第17号

タイトル 著者 ページ アナクシマンドロスの生物発生説に関する若干の考察 澄田宏 577 京都薄情――日本動物行動学会 第二回大会異聞 阿波六吉 589 例外人生(1) 不名誉教授 594 生物地理談話会始末記 奥野良之助 602 編集者への手紙 607 編集局だより:パート1 609 編集局だより:パート2 611 -
日本生物學會誌第18号

タイトル 著者 ページ アナクシマンドロスの生物発生説に関する若干の考察(3) 澄田宏 613 生物学誇大辞典:「だいがく」 630 魚陸に上る(12) 奥野良之助 631 生物学誇大辞典:「えいご」 639 <新聞記事から>:”割りばし”をめぐる農林官僚と製造業者の論争 640 生物学誇大辞典:「けんきゅうひ」 642 「京大生態学講座 在郷軍人会」始末記 奥野良之助 643 編集者への手紙 646 編集局だより 646 会計報告:1983年4月ー1984年3月 裏表紙 -
日本生物學會誌第19号

タイトル 著者 ページ 「車文明批判」……? 奥野良之助 649 映画「水俣病―その20年―」の感想文を読む ―センチメンタリズムからヒューマニズムへ― 加藤喜代志 654 生物学誇大辞典:「すうがくしゃ」 670 書評:「睡眠革命―われわれは眠りすぎてないか」メイ・レデイス著 チビ 671 生物学誇大辞典:「せいぶつがくしゃ」 672 新聞記事から:”割りばし論争”そのあと 野良 673 編集者への手紙 677 編集局だより 680 広告:薬の安全性を私達の手で! 大ホウ薬品労組の闘いを支援しよう 683 -
日本生物學會誌第20号

タイトル 著者 ページ カッコウとヨシキリ ナマケモノ 685 閑人だより(1) にごりめ小僧 692 「連想ゲーム」―教育編 小林美香 700 丹後だより(2) 丹後支部長 704 魚陸に上る(13) 奥野良之助 706 編集局だより 715 第11~20号総目次 724 1984年度 会計報告 726 -
日本生物學會誌第21号

タイトル 著者 ページ クラゲはPLANKTONであるか 海老人空耳 729-746 生物学誇大辞典:「しっぽ」 746 例外人生 不名誉教授 747-763 <書評>:「津軽共和国憲法」 カラボネヤミ 764-765 生物学誇大辞典:「めいよきょうじゅ・ふめいよきょうじゅ」 765 編集者への手紙 766-767 編集局への手紙 768 編集局Sだより 769-772 -
日本生物學會誌第22号

タイトル 著者 ページ 阪上教授への手紙―—チエルノブイリ原発事故に関連して 奥野良之助 773 人間生態学への招待(1) 本郷支部長 779 体験的”周期性四肢マヒ”の研究 藤田茂 791 ある独裁の記録 栗間修平 793 かくれキリシタンの話 本郷支部長 800 生物学誇大辞典:チョウチンアンコウ 804 魚陸に上る(14) 奥野良之助 805 編集者への手紙 813 編集後記 814 会計報告 815 「日本生物学会」設立趣意書・投稿規定 816 -
日本生物學會誌第23号

タイトル 著者 ページ 環境論論争における「主体」の行方――生態学と環境概念―— 戸田盛康 817 生物学誇大辞典:カモ 840 魚陸に上る(15) 奥野良之助 841 アメリカ的人間達 海を渡った浜名湖ウナギ 847 偏見と独断(9) 半仙半魚 850 金沢城明け渡し異聞―金沢大学総合移転始末記― 奥野良之助 853 編集局だより 857 -
日本生物學會誌第24号

タイトル 著者 ページ 高校生からの報告(一) マジメの中の軟体動物 861 高校生からの報告(二) マジメの中の軟体動物 863 猿学万歳(1) 水原洋城 871 斟酌歌心正体学 上市米 882 金沢城明け渡し異聞(2) 奥野良之助 888 生物学誇大辞典:後天性教授願望症候群 896 編集者への手紙 898 編集局だより 899 会計報告 903 日本生物学会設立趣意書・投稿規定 904


